ラジオニクスはマインド・マシンの最終形
現実と心の関係
みなさんは料理を自分でやられることはありますか?
少しでも料理にたずさわったことがある人ならば、いろんな味をよくするノウハウというものをお聞きになったことがあると思います。例えば、ゆでたタケノコはコンクリートの上に置くとエグミが抜ける、とか。
また、みなさんの中にはオーディオファンの方もおられるでしょう。少しでも音をよくするノウハウというものをお聞きになったことがあると思います。例えば、ブチルゴムでコネクターを巻いてしまう、とか。
物質科学的に考えるならば、料理は切る叩くなどにより形状を変化させ、熱をくわえたりすることで科学的変化を起こしているだけのものです。音の再生は電子機器による測定器により人間の感覚を超え、完全に状態を把握できるものです。
ところが、人は感覚器官の先にいわく言いがたい違いを感じます。
「そんなものはない」という断言は、ミョウに粗雑な感覚を我々の心の中に呼び起こします。
鍼灸や整体にいき、ツボや経絡といった話で体調を語ることは、ごく普通に行われています。しかし、ツボも経絡も科学的には証明されていません。
しかし、多くの人は傷みがとれたり、ラクになったりします。しばしば耳にする話は、「病院で痛いといくら訴えても、わからない、といわれていた傷みが、○○治療院ですっと取れました」
やはり、物質以外のなにかの存在を人は認めているのです。
人のみが意味を知り作る
人は、現象に意味付けが得意です。「雨が降らない」だから「作物が育たない」だから「作物が少ないと収入が減る」だから「雨が降ってくれなければ困る」
といった考えを瞬時に行い、「雨が降らない」「降ってくれなければ困る」と考えます。
ここで、「雨を降らせる」自然の存在を見出します。
その存在はどういう性格でなにをすれば、人間は雨を降らせてもらえるのでしょうか?
さまざまな伝説が付け加えられ、「雨の神様」の概念が出来ます。
その神様を多くの人が長年に渡り、敬い祀り意思を集め続けると、意思だけの存在が出来上がっていきます。そして雨は実際に降るから止められない、止めるとなにか気持ちが悪い。
同様のことは肉体でも起きます。
よく代替治療で治ると「プラシーボに過ぎない」といいます。しかし、その背後に注目しましょう。人の体を治すのは体自身であることを忘れ、まるで「プラシーボ」という物質が治しているような錯覚をしていないでしょうか。
真正面から生物の自己治癒力を前提とした時、自己治癒力の素晴らしさ、精巧さに人は神を見ます。なにが自己治癒力を引き出すかは、千差万別です。それは医療をふくめ数多い代替医療が示しています。
心の世界が現実に影響を与える
ここまでで、最初に微細な存在の話をし、次に微細なものから現実を作り出す話をしました。ルパート・シェルドレイク博士はこれらを「形態情報は記憶される」という表現を使いました。仮説に過ぎませんが、意識の蓄積、それに従う現実をうまく表しています。
これらが体系だてられている世界があります。ちょっと禍々しいですが呪術の世界です。心の動きで現実を変えるための原始的な意識工学といってもいいでしょう。そこから見出される原則を列挙します。
- 象徴の概念にそった扱い方によるイメージの明確化
- 繰り返し、もしくは多人数による思念エネルギーの蓄積
- 現実界にひな形を作る
最後の「ひな形」について説明します。
どの宗教でも神に願うには、儀式、依り代(神が憑依するモノや人)、象徴的道具(剣、鏡、花、十字架、パン、などなど)を必要とします。これらは、概念を物質に象徴させているのです。
古来、人類はこういう所作により見えない世界に働きかけ、現実を変えようとしてきました。
人間主義
ここで少し、オカルトの分野の事例を見ます。実は、霊のみという存在は無力です。誰も人のいない山奥で大木を倒すといったことが霊だけで可能であった例を私は知りません。霊の物理作用としてよく引き合いにだされるのがポルターガイストですが、これも必ずパワーを発揮する人(多くはヒステリー気味な若い女性)が事件の中にいるのです。霊は触媒に過ぎません。さらにいうと、霊は思考が流れない、特定の意思だけが漂っているような存在ですよね。
霊能力者といわれる類の人の周りではあらゆるものに霊が感染します。パソコンも例外ではないようです。つまり、霊というものは人間を媒介として、もっというと、人の超能力を利用して始めて他の人や物に作用できるのではないでしょうか。今までのあらゆる霊に対する考え方を逆転したものだと思ってもらったほうがわかりがいいかも知れません。霊が主人のように言われていますが、実は霊能力者が本当の主人、パワーの源だということです。
似たものに、ダウジングの世界で「ソートフォーム(Thought Form)」という考え方があります。一番有名な例は、ある部屋で数人の人間が机を取り囲み会話しながら、強く机の上に箱などを想像します。そのまま念じた人々が部屋から出た後、ダウザーが机の上をダウジングすると箱を検出できる、という現象です。ダウジングを通して見た世界では実物と念じたものは区別がないのです。ちょっとした思念ですらこれくらいの影響度をもつのです。
万能の装置 ラジオニクス
このように、オカルトの世界では思念と物質の区別はありません。
かといって荒唐無稽とは言い難く、思念と物質の間には最初に見てきたような、まだよくわからない関係はあります。
その関係の原理はわからなくても、応用することはできます。
荒唐無稽な電子回路であるラジオニクス装置が動作するといわれているのも、内部の線は物理的というよりは「こう流れる」という意思を表した象徴です。それゆえ、紙に書かれたものであってもかまわないのです。
SE-5は20世紀初頭のラジオニクス装置をより使いやすくするために、操作する人が感知しやすいような図形、アンプ、浄化機能などを搭載したものです。
「思念を形にして、現実に影響を及ぼす」
これがマインドマシーンとしては究極であることが、ご理解いただけるかと思います。