ニール・ドナルド・ウォルシュ東京講演

「神との対話」は「神に帰る」で終わりました。珍しく私の出かけたニール・ドナルド・ウォルシュ(「神との対話」の著者)の講演を記録しておきます。出席している人の大半は例によってスピリチュアルオタクでしたけど。

【私家版】ニール・ドナルド・ウォルシュ来日講演抄録

2007/3/27 at JAL City Hotel 田町

(「神よりしあわせ」という本で、日本での講演シーンが出てくるのですが、この話は東京ではなかったのではないでしょうか。神をiPS細胞に喩える話は、いくら記憶をさぐっても出てきません。)

我々は何者で、この惑星でなにをしようとしているのか

神は、我々がなにをしようが、成功しようが、失敗しようが関心はないのです。地球のような世界は数十億ありますからね。いわば、地球すら神を構成する細胞のひとつにすぎないようなものです。
神とは、偏在する知性です。どこにでもあります。もちろん、我々の中にもあります。「神との対話」シリーズは、全部で9冊だ。(今度、最後の本が出版されるようです)

(ここで、ニールは質問を募る。以下、青字は聴衆の中からの言葉。一人目は、「偏在の神、マンセー」二人目はニールは「ホツマツタエ」と同じことを言ってると主張。いきなり二人もの空気を読めない主張に会場は密かにシラける。さて、3人目)

神の道を生きていくのは怖い。恐怖の克服法はないのか?

(実はこれ、私が一番聞きたかった質問。ありがとう!)
まず、自分(ニール)について話させてください。私は死に直面したことが三度ります。一度目は、22歳のころ不倫相手の旦那さんに銃をつきつけられた時、二度目は44歳のころに心臓が悪く手術。三度目は50歳のころ自動車事故で首の骨を折りました。

事故後のおじさんを雇ってくれるところなどなく、丸一年、ホームレス(street people)をしました。レストランの残飯も食べましたよ。カバンにつめたわずかな服以外、なにももっていなかったのです。
そういうすべてを剥ぎ取った自分を見ると「自分が死んだ後、なにがおきるのだろう。」と考えるようになります。今、私はここで話をしています。
その「話をしている自分」を見ている自分がいます。
「「その話をしている自分」を見ている自分」を見ている自分がいます。
「「「その話をしている自分」を見ている自分」を見ている自分」を見ている自分がいます(unobserved observer)。。。。ずっと続きますね。
これが魂じゃないでしょうか。Star Warsにも出ている話ですが。

また、私は6回も離婚しました。毎回、大きく心が傷ついたのです。自分はダメだって。人との関係で、なにを期待し、期待されているのか?(What do I want from you ?)その期待を与えられないんじゃないか、と心配します。

ところで昔、私は子供のころ近所の年寄りに「友情を一言でいうとなんなの?」と聞いた。彼は「ひとことで、友情じゃないものはいえるな。信頼、忠誠、理解。」「なぜ?どれも友情に必要なことではないの?」「どれも、相手に期待することで長い間の友情を壊す元なんだよ。」人との友情を続けるのは、なにも求めないこと(Need Nothing)じゃないだろうか、と思ったのです。

こういう経験をしていると、生きることが怖くなくなってしまいました。死んだ後も生命は続きます。人はそうして、「物質」と「スピリット」の間をエンドレスな旅をする。(ニールは手で8の字の無限の動きを示した)死ぬことも怖くなくなった。

自分が神で、自分がすべてを作り出しているのです。必要性の源は実は自分です。必要性に対する答えを作れないと思うから、恐怖を感じるのです。恐怖の源は自分が作る必要性です。でも、あなたは何でも作り出せるのです。必要なものはすべてもっているのです。それを確認できる最も重要な秘密がある。仏陀もキリストもモハメッドもあらゆる聖人が教えている秘密です。

与えること(Way to experience is to give away)

私は結婚したいのだが、彼女の父親に将来を約束することが不安です(American)

もうひとつの秘密を教えましょう。

すべては自分(WE ARE ALL ONE)

肉体を傷つけることはできても、魂のあなたは誰も傷つけられない。これは真実です。我々が過去に自分を傷つけた(と思われる)人を許すのは、私を傷つけることができる、と思ったことを許すのです。
明日、私は死ぬかも知れない。約束と思うものは、間違った思い込みに過ぎません。未来を知っているふりをしているのです。この会場にいる人で約束を破ったことが一度もないという人はいるでしょうか。約束はそのように守るも守らないも、将来の自分が決めることです。それゆえ我々は今、「意思(Intention)は宣言できるが、保証(Garanty)はできない。」

それゆえ、君のやれることは「お父さん、私は娘さんを幸せにします。あなたが過去に守った約束と同じように約束します」というか、娘さんと勝手に出掛けるか、でしょうね。

神への道を歩む時、カルマは関係ないのか

カルマというものが、「前世の悪行の報いが、今、表れ。。」という意味ならばありません。
もし、そういうカルマがあるのならば、カルマの輪から我々は抜けられないですね。しかし、神は我々は瞬時に悟りを得られると約束しています。カルマの輪が存在するのならば、そんなことは不可能です。それゆえカルマはありません。未来を変えられないと怖れることはないのです。本来の自分を受け止めたら、未来は変えられます。
なぜ、あなたはここ(物理的存在)にいるのでしょうか?自分を矯正したり、カルマを払うためにいるのではないはずです。ここにいる理由は、関係している人々とふれあい、自分を思い出すのと同様に他の人にも自分を思い出してもらうためにいるのです。自分を助ける方法は「他の人が高まることを助ける」ことです。

We are ONE.をどう実感するのだろうか?ニールの経験は?

可能性(possibility)に身をまかせなさい。「可能でない」と思えばそうなります。「そうなるかも」と思えば可能となります。あらゆる物事と恋に落ちることができるのですよ。なぜならば、あらゆる物事の中に自分の一部を見つけることができるし、するのです。美しいものを見れば、自分の中にも美しいものを見つける。イヤなものを見れば、自分の中にイヤな一面を見る。自分の経験するもののあらゆるものは、自分の中にみつけられます。なかなか難しいのはわかっているけれど、それがWe are ONE.を経験する道なのです。

私は自分に対する残酷さは許せるけれど、自分が行った残酷さを許すことができないでいたりします。でも、自分を許せなくて、どうして他者を許せるのだろうか。ここでも第一歩は「他人に与えることで、自分がもっていることを証明する」ことです。

先の質問で「友情を一言でいえば」という話をしましたが、きっと一言でいうのなら「寛容(tolerance)」なんでしょうね。Onenessを経験するのは、寛容さでしょう。

神からすれば、細胞のようなものでいちいち気にしていない、というが、神を身近に感じ、神の愛の表れを感じることはできないのか?

神が気にしない、ということは、愛していない、ということではありません。自由を与えることが最も気高い愛であり、それこそ神の愛なのです。

先ほどの結婚したいカップルの彼は彼女の父親になんといえばいいのか?と問いがありました。もし、娘の父親が本当にに彼女を愛しているのならば、「おまえが幸せだと思う道を行きなさい。」と暖かく見守る道を示すでしょう。そして、「辛いことがあったら、私を呼びなさい」「困ったら、私を呼びなさい」というでしょう。

そう、神も同じことをいっているのです。

なぜ神の概念はこんなにいろいろあるのでしょうか?そして、十戒は神から与えられたものでしょうか?(Filipina)

おっしゃるとおり、文化により違っていますね。同じ神について語っている、ということはなかったように思います。
しかし、「神は愛だ」「我々はひとつだ」「暴力は絶対にいらない」「最終的に違いはない」ということに同意できるのであれば、違いを超えることができると思います。問題は、違う概念の間で殺し合いをするからです。それゆえ、これから30年のうちに新しい神(明日の神)を作るでしょう。この神はだれかを責めたり、罰したりしません。この神のエネルギーにより三つの道具「思考、言葉、行為」を使っていきましょう。古い神を考えるより、新しい神のもとでの振舞いを考えませんか。

十戒は神から与えられたものではありません。なぜ戒めが必要なのでしょうか。とても小さな存在のあなたが神を不幸に、不満にできるのでしょうか。そう考えることこそが、人間のエゴでしょう。

神について考える時、男性か女性かイメージが気になる

「神との対話」でクリアに答えていることです。神は特定の形ではありません。存在に制限がないからです。神は存在のすべてです。神は「その人が理解できる形で現れる」そう、それゆえ先の質問のようにいろんな形に神を捕らえる話ができるのかも知れませんね。

「神との対話」を読んでそのように生きたいと思うが、過去の習慣をなかなか捨てられません

自分が学ばなければならないことをする、というのはどうですか。ブッダやキリストや過去の聖人がみんな悟った残りの人生を教えることに費やしたのは偶然でしょうか。どの人も他の人が覚醒する手伝いをしています。

そこには大きな秘密があるのです。自分がしてもらいたいことを人にしているのです。他の人が目覚めることを助ければ、その道を生きていることになります。

(質問を終わり)これからの未来への決断(招待)は、過去の人類がもったあらゆる軍隊以上の勇気、強さと意思(intent)が必要です。でも、それは神からの「あなた自身のもっと神なる部分へ踏み込んではどうですか?」という招待状なのです。

I am you. You are me. We are ONE.

Sat Sang(夜の部)

ヒューマニティ・チームとは、私が組織を作ろうとしているのか?
はい、そのとおりです。2001年の9月11日(同時多発テロ)以降、人類の方向を変えるためになにかをせずにはいられなくなりました。さて、ここでは神を感じてみましょう。
(DVDが出るらしいので詳細はマズいかも知れません。気功でいう気球を天からのエネルギーで作る動作です)

(引き続き質問)お昼に話された、本当の自分を生きるとは、日々、具体的にすることはなんでしょうか

なにかがあれば、いつも完璧にあなたは幸せ(おそらく、本当の自分)を生きることができるでしょうか?そんな便利なものはありませんね。ならば、これが必要だ、と思わないで生きることです。そして、Who am I ? と常に問うことです。

悩まないで余った時間を世界を変えること(婉曲に、ヒューマニティ・チームへの参加を呼びかけていると思われる)に使えるかもしれませんよ。

次の三つのツールを日常に尾用していくことで、人のハートを開き、生きていけます。ぜひ、使ってください。

  • お互いの目を見る
    目をそらさず、コンタクトしましょう。「目は心の窓」です
  • 微笑む
    微笑むとは、「あなたに同意していますよ」ってことです。幸せは伝染します。微笑みましょう。
  • お互いに触れる
    みんな心配していますが、大丈夫です。みんな触れて欲しいんですよ。つながりましょう。

みなさん、世界の光になりましょう。(I am a light of the world.)

以上でニールの話は終わりです。
最後の一人まで全員、サインします、と強い意思でにこやかにサインしてくれてるニール

ヒューマニティ・チーム・ジャパン

リンクも張りましたが、日本でもニールさんが世界中に組織しているチームが立ち上がっています。上記の講演も彼らのがんばりで実行されました。その活動はこれからのようです。組織化される危険を知った人が主催している団体なので、今度こそは、と見守りたい気もします。

この講演を終えた時には、ニールさんの最後の公式な会話の本「神に還る」(Home with God)は書き終えられた後でした。この本ではニールさんは魂の目的を達成した、と神に告げられています。ちょっとうらやましいような、俺もガンバロと思う内容です。

投稿者: たかお

毎度、お世話になってます。店主です。