無宗教の浅薄さ

「精神世界にはまっている妻をどうやって現実に戻すか」この質問に答えているのは、オウム真理教の映画を作った監督です。
オウムだけで、宗教や精神世界がわかったつもりになっているようです。「宗教とは反社会的なものだ」とか「死と正を転倒させるのが宗教の意味だ」とか、勝手に宗教を定義づけてしまった。。。

宗教とは人類と共に数千年存在します。その巨大な思想体系学ばずに断言することが、インターネット時代の特徴か、と。 “無宗教の浅薄さ” の続きを読む

あり得る人生とあり得ない人生

しばしば、「事実は小説より奇なり」と、現実世界の不思議をいいます。しかし、現実の世界にはいくつもの法則があります。たとえば、

ネガティブなことばかり考えている人に幸運は訪れません。もし、幸運めいたものがあらわれたとしても、それは大きな不幸がエサをさげてやってきた、ということでしょう。ディズニー映画の「クリスマスキャロル」のようなことは起きません。 “あり得る人生とあり得ない人生” の続きを読む

スピリチュアルの効果測定

どんな薬でも万人に効く薬は、まずありません。同様にスピリチュアルも万人に有効なものはないでしょう。

その人の信念、関心、人生観などにより心に響くスピリチュアルは異なります。ついつい忘れがちになるのですが、他の人が幸せになったから同じように自分にもいいことが起きるとは限らないということです。だから自分にあった方法を探すのですが。。。 “スピリチュアルの効果測定” の続きを読む

よみがえる記憶

食べ物から記憶がよみがえるというと、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」という小説が有名だ。ふと口にした紅茶に浸したマドレーヌの味から、記憶が展開していく(あまりおもしろい小説だとは思わなかった)。
「そんなこともあるかもね。」とは思っていたが、昨晩、俺も同じような衝撃的な体験をしてしまった。 “よみがえる記憶” の続きを読む

記憶についての科学

10 THings You Didn’t know about Youというサイトがあった。
「記憶は体の格好による」というおもしろい説が出ていたので以下、抄訳。

片方の足を畳んでみるといいかも知れない。
人の体の感覚器官は思わぬ記憶を呼び起こす。例えば、匂いや音がいきなり遠い子供のころのことを思い出させたりするように。
最近の研究では、こういう体の姿勢と記憶の関係の暗号を解き明かそうとしているようだ。

ええっ!そもそも体の姿勢と記憶に関係があるって知ってました?私は知らなかった。で、いろいろやってみました。
ふんぞり返ると、いい時や気分のよかった時の記憶が思い出されることが多いようです。丸まると、辛かった時や内面の記憶が想起されることが多いかも知れません、ってこういうことは、当たり前ですね。
右足を大きく前に一歩踏み出すと、約束事を思い出しましたが、これって上でいう姿勢に関係あるのかな。

蘭亭序


書聖といわれる王羲之の代表作だと初めて知った。原本はすでにないらしいが、酔っ払って書いた草稿が後から推敲しようもなかった完成品という伝説もある。

現代語訳を転載する。

永和九年(三五三)癸努丑の歳、三月初めに、会稽山のかたわらにある「蘭亭」で筆会をひらきました。心身を清めるのが目的の催しです。

大勢の知識人、それも年配者から若い人までみんな来てくれました。

さて、ここは神秘的な山、峻険な嶺に囲まれているところで、生い茂った林、そして見事にのびた竹があります。

また、激しい水しぶきをあげている渓川の景観があって、左右に映えています。その水を引いて觴を流すための「曲水」をつくり一同まわりに座りました。

楽団が控えていて音楽を奏でるような華やかさこそありませんが、觴がめぐってくる間に詩を詠ずるというこの催しには、心の奥を述べあうにたるだけのすばらしさがあるのです。

この日、空は晴れわたり空気は澄み、春風がのびやかにながれていました。

我々は、宇宙の大きさを仰ぎみるとともに、地上すべてのものの生命のすばらしさを思いやりました。

なぜ我々が、目の保養をはかるのか、また、心を開いて話しあおうとするのか、そのわけはここにあるのであって、見聞の楽しみの究極といえます。本当に楽しいことです。

そもそも人間が、同じこの世で生きるうえにおいて、ある人は心中の見識こそいちばん大切だとして、部屋の内にこもり、うちとけて人々と相対して語り合おうとし、ある人は、言外の意こそすべての因だとして、肉体の外面を重んじ、自由に生きようとします。

どれをとりどれを捨てるかといっても、みな違いますし、有りさまも同じではありませんが、それぞれ合致すればよろこび合いますし、わずかの間でも、自分自身に納得するところがあると、こころよく満ち足りてしまい年をとるのも忘れてしまうものです。

自分の進んでいた道が、もはやあきてしまったようなときには、感情はことごとく変わりますし、胸のうちも左右されてしまいます。

以前あれほど喜んでいたことでも、しばらくたつともはや過去の事跡となることもあります。だからこそおもしろいと、思わないわけにはいかないのです。

まして、ものごとの長所・短所は変化するものであってやがては終わりになってしまうのはどうしようもありません。

昔の人も死生こそ大きな問題だといっています。これほど痛ましいことはありません。昔の人は、いつも何に感激していたか、そのさまをみていると、割り符を合わせるようにきまっていました。

いまだかって、文を作るとき、なげき悲しまないでできたためしはなく、それを心に言いきかせるすべはありませんでした。実際に死生は一つだなどというのはでたらめです。

長命も短命も同じなどというのは無知そのものです。後世の人が今日をどうみるか、きっと今の人が昔をみるようなものでしょう。

悲しいではありませんか。こんなわけで今日参会した方々の名を並記し、それぞれ述べたところを記録したわけです。

世の中がかわり、事物が異なったとしても、心に深く感ずるということの根拠は、たいてい一つにつながることです。

後々の世にこれを手にとって見てくれる人は、きっとこの文章に何かを感じてくれるにちがいないと信ずる次第です。

 

芸術新聞社「墨」第99号より

書はわかりません。が、書いてある内容は、なんだかよくありませんか。

国境なき医師団より

実はみなさんからいただく代金の一部を寄付しています。
国境なき医師団に寄付している理由は、「独立・中立・公平」に国際援助のプロが命がけで活躍する団体だからです。時々、ゲリラに拘束されたりします。 “国境なき医師団より” の続きを読む

自分の周りから消えていく

「引き寄せの法則」の反対を考えると非常におもしろいことに気づきました。

他の人はどうだかわかりませんが、私の場合、パワーグッズがいい例です。しょっちゅう紛失、置き忘れ、貸して帰ってこないなどの理由で消えます。 “自分の周りから消えていく” の続きを読む

トランスパーソナル心理学(フォーカシング)

引用です。
瞑想のひとつに極めて似た方法が心理学で語られているなんて。。。

体の椅子に触れているところや、あらゆる部位に注意を向ける。 “トランスパーソナル心理学(フォーカシング)” の続きを読む

レイキが生まれたころ

レイキの真実

明治から精神世界を見つめてこられた生き証人の佐々木浩一先生にレイキについてお伺いする機会がありました。当時、生きていた人にどう受け止められていたかという感覚はその人達のものであって、後世の我々があれこれ言えることではありません。言葉で聞いたため、一部カタカナ書きがあるところはご容赦。
このページはレイキ関係者の方には、かなりショックだったらしく、佐々木先生のところに確認に走った人もいるようです。しかし、古老の記憶を否定することはできなかったようです。

たまにムキになって訂正しろ、とか、否定し、記事を消せとおっしゃる方がおられます。
繰り返しますが、当時生きていた人たちの感覚をお伝えするための記事です。
“レイキが生まれたころ” の続きを読む

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